図解はいつ効いて、いつ邪魔になるのか——二重符号化の条件と「図を足すだけ」が伸びない理由
公開: 約14分メモハック開発者
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ノートに図を描き足したのに、模試の点が動かない。行政書士試験や社会保険労務士試験の学習者から、この相談は繰り返し届きます。図解は万能薬のように語られますが、テキストに図版を加えたときの平均的な効果は、63件の研究をまとめたメタ分析で g = 0.232 という小さな値でした(Lei et al., 2025)https://doi.org/10.1007/s10648-025-10053-z。効くかどうかを分けているのは「図を足したかどうか」ではなく、「図と言葉をどう並べ、学習者がその図で何をするか」です。この記事では、図解が効く場面と邪魔になる場面を、条件ごとに切り分けます。
図を足せば理解は深まるのか
結論から言うと、足すだけでは大きくは伸びません。テキストに図版を加えた効果を63件の研究・7,621人分でまとめたメタ分析では、全体の効果量は g = 0.232、95%信頼区間は 0.166〜0.298 でした(Lei et al., 2025)https://doi.org/10.1007/s10648-025-10053-z。方向は確かにプラスですが、教材を作り替える労力に見合うかは、配置と使い方で決まります。
言語と視覚を別々の系で処理し、その二つが相互に結びつくという二重符号化の考え方は、Paivio(1991)https://doi.org/10.1037/h0084295 に整理されています。ただしこの理論が保証するのは「二つの経路がありうる」ことであって、「図を置けば二つの経路が自動的にできる」ことではありません。経路が二本になるのは、学習者が図と言葉を頭の中で対応づけたときだけです。
同じ「図解」という言葉でも、研究が比べているものは違います。次の表は、この記事で扱う三つの研究が、それぞれ何と何を比べたのかを整理したものです。
| 研究 | 比べたもの | 報告された結果 |
|---|---|---|
| Lei et al. (2025) | 文章のみ/文章+図版 | g = 0.232(121効果量・63研究) |
| Schroeder & Cenkci (2018) | 図と文の分離配置/統合配置 | g = 0.63(58比較・n = 2426) |
| Butcher (2006) | 詳細な図/簡略化した図 | 簡略図が事実学習をよく支えた |
この三つは別々の問いです。0.232 と 0.63 を並べて「統合すればこれだけ伸びる」と足し算することはできません。前者は図の有無を問い、後者はすでに図がある教材の配置を問うています。数字を移し替えないことが、図解を語るうえで最初の分岐点になります。
なぜ「図と文が離れている」だけで損をするのか
図とその説明文が離れていると、学習者は視線を往復させて両者を対応づける必要があり、その照合作業そのものが作業記憶を占有するからです。分離配置を統合配置に変えた58件の比較(n = 2426)では、g = 0.63 が報告されました(Schroeder & Cenkci, 2018)https://doi.org/10.1007/s10648-018-9435-9。
これは資格試験の教材で最も頻繁に起きる損失です。過去問集では、事案の図が解説の冒頭にあり、根拠条文はページをめくった先にあり、判例の要旨はさらに次の段落にある、という構成が珍しくありません。内容は正しくても、対応づけの負担だけが余分に乗っています。
多数のレビューを統合した Noetel et al.(2022)https://doi.org/10.3102/00346543211052329 でも、時間的・空間的な近接性と、注意を導く signaling が、効果の大きい設計として挙げられています。買い直す必要はありません。図と条文を白紙に一緒に書き写し、対応する箇所を線でつなぐだけで、この損失の大半は自分の手で解消できます。
詳しい図と簡単な図、どちらを選ぶべきか
初めて触れる論点では簡略図です。心臓と循環系を扱った実験では、簡略図と詳細図のどちらもメンタルモデルの形成を助けましたが、事実の学習を最もよく支えたのは簡略図でした(Butcher, 2006)https://doi.org/10.1037/0022-0663.98.1.182。正確さを増した図は、情報が増えるぶん統合の手間も増えます。
市販の図解テキストで挫折する典型は、正確さを優先した一枚に要素が詰め込まれ、どこから読むべきか判断できなくなる場合です。行政不服審査の流れであれ、労働保険の適用関係であれ、最初に必要なのは網羅的な正確さではなく、幹だけが残った骨組みです。細部は、幹を再現できるようになってから足せば足ります。
音声・文字・図を重ねると覚えやすくなるのか
重ねること自体が害になるわけではありませんが、得になるのは条件つきです。57件の独立研究をまとめたメタ分析では、音声と文字を併用した提示は文字だけの提示と差がなく、音声だけの提示より成績が良いという結果でした(Adesope & Nesbit, 2012)https://doi.org/10.1037/a0026147。効果は学習者の事前知識、提示のペース、図の有無で変わります。
つまり「同じ内容を音声と文字で重ねたら必ず害になる」という単純化は、この結果と合いません。通勤中の音声講義にテキストを添えること自体は、否定される設計ではないということです。ただし逐語の文字起こしを丸ごと並べるより、要点語だけを併記するほうが有利だとも報告されており、重ねる量には判断が要ります。
図解が「かえって邪魔になる」のはどんなときか
知識が増えたとき、無関係な装飾が入ったとき、そして図が読解の代わりになったときです。三つの実験では、熟達度が上がるにつれて最良の設計が、図と文を物理的に統合したものから、文を削除したものへと変化しました(Kalyuga et al., 1998)https://doi.org/10.1518/001872098779480587。初学者を助けた説明は、理解した後の自分には冗長になります。
また、面白いが本筋と無関係な要素については、Sundararajan & Adesope(2020)https://doi.org/10.1007/s10648-020-09522-4 が、そうした情報に触れた学習者は触れなかった学習者ほどの成績を示さないと述べています。カラフルなキャラクターや余談のコラムは、記憶に残っても得点には結びつきません。
どの場面でどう振る舞うかを、判断基準ごとに整理します。
| 場面 | 図解の扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 初めて触れる制度・手続 | 要素を絞った簡略図を一枚だけ作る | Butcher (2006) |
| 解説の図と条文が別ページ | 白紙に写して一枚に統合する | Schroeder & Cenkci (2018) |
| 安定して正解できる論点 | 図を捨て、条文と文章だけで再現する | Kalyuga et al. (1998) |
| 装飾的なイラスト・余談コラム | 読まずに飛ばす | Sundararajan & Adesope (2020) |
| 音声教材とテキストの併用 | 逐語の重複ではなく要点語を併記する | Adesope & Nesbit (2012) |
明日からの教材で何を変えるか
変えるのは三点だけです。図と説明文を同じ視野に入れること、図の要素を削ること、そして図を眺める時間を描いて再現する時間に置き換えること。新しい教材を買う必要はなく、いま使っている過去問集とテキストの上で今日から実行できます。
実際の一回の学習ブロックで何をするか、順序と目安を示します。
| 手順 | やること | 目安 |
|---|---|---|
| 1 | 図と根拠条文を白紙一枚に写す | ブロックの冒頭に置く |
| 2 | 要素を削り、矢印と語だけ残す | それ以上削れなくなるまで |
| 3 | 教材を閉じ、白紙に図を再現する | 一回目は不完全で構わない |
| 4 | 抜けた箇所だけ教材で確認する | 全体を読み直さない |
手順3と4を回す間隔の管理は、紙のままでは続きません。メモハック(MemoryHack AI)は、教材を撮影すると問題を生成し、間隔反復のスケジュールで「再現できなかった箇所」だけを次に出し直します。図を描き直す対象を自分で選ばずに済むぶん、削る作業と再現する作業に時間を回せます。
図を「見る」から「描いて思い出す」に変える
図は眺めている間、理解できているという感覚を強く与えます。しかし記憶に効くのは、見ることではなく、教材を閉じてから再現することです。テストを挟んだ学習は、繰り返し学習し直した場合よりも遅延後の保持で優れていたと報告されています(Roediger & Karpicke, 2006)https://doi.org/10.1111/j.1467-9280.2006.01693.x。この仕組みはテスト効果の記事で詳しく扱っています。
ただし、自分で描く学習が常に有利なわけではありません。Fiorella & Zhang(2018)https://doi.org/10.1007/s10648-018-9444-8 は、描くことによる学習の境界条件、つまり効く条件と効かない条件を検討する必要があると論じています。清書としての作図は、その境界の外側に落ちやすい行為です。イメージを使った記憶の技法との使い分けは記憶術の記事も参考になります。
判断の基準は単純で、その図を白紙に再現しようとしたときに手が止まるかどうかです。止まるなら、まだ図は理解の代わりをしています。止まらないなら、その図はもう役割を終えていて、削る側に回して構いません。
よくある質問
図解はどの科目でも同じように効きますか
同じようには効きません。効果を左右するのは科目名よりも教材の性質で、要素どうしの関係が入り組んだ内容ほど、図にする利得が大きくなります。逆に、用語と定義が一対一で対応するだけの暗記項目では、図にする手間に見合いません。手続の流れや当事者の関係を扱う論点から試すのが現実的です。
市販の図解テキストを買い直すべきですか
まず手元の教材で試してください。効果を大きく左右するのは図の美しさではなく、図と説明文が同じ視野に入っているかどうかです。図と条文が別ページに分かれている教材でも、白紙に一枚として写し直せば同じ改善が得られます。買い替えは、それを試したうえで判断しても遅くありません。
図を描くのに時間がかかりすぎます
要素を削っていないことが原因である場合がほとんどです。最初から完成度の高い図を目指さず、矢印と語だけの骨組みから始めてください。詳細を増やすほど作図時間は伸び、しかも初学の段階では事実の学習をかえって支えにくくなります。清書ではなく、再現できる最小の形を作るのが目的です。
音声教材を聞きながらテキストを見るのは無駄ですか
無駄とは言えません。音声と文字を併用した提示は、文字だけの提示と比べて成績に差がなく、音声だけの提示よりは良かったと報告されています。ただし効果は事前知識や提示のペースで変わるため、逐語の文字を全部追うのではなく、要点語だけを目で拾う形が扱いやすい落としどころです。
参考文献
- Lei, H., Chen, L., Chiu, M. M., Fang, L., & Ding, Y. (2025). Effects of Adding Illustrations to Texts on Students' Science Achievement: A Meta-Analysis. Educational Psychology Review. https://doi.org/10.1007/s10648-025-10053-z
- Schroeder, N. L., & Cenkci, A. T. (2018). Spatial Contiguity and Spatial Split-Attention Effects in Multimedia Learning Environments: A Meta-Analysis. Educational Psychology Review. https://doi.org/10.1007/s10648-018-9435-9
- Adesope, O. O., & Nesbit, J. C. (2012). Verbal redundancy in multimedia learning environments: A meta-analysis. Journal of Educational Psychology. https://doi.org/10.1037/a0026147
- Kalyuga, S., Chandler, P., & Sweller, J. (1998). Levels of Expertise and Instructional Design. Human Factors: The Journal of the Human Factors and Ergonomics Society. https://doi.org/10.1518/001872098779480587
- Butcher, K. R. (2006). Learning from text with diagrams: Promoting mental model development and inference generation. Journal of Educational Psychology. https://doi.org/10.1037/0022-0663.98.1.182
- Sundararajan, N. K., & Adesope, O. O. (2020). Keep it Coherent: A Meta-Analysis of the Seductive Details Effect. Educational Psychology Review. https://doi.org/10.1007/s10648-020-09522-4
- Noetel, M., Griffith, S., Delaney, O., Harris, N. R., Sanders, T., Parker, P., del Pozo Cruz, B., & Lonsdale, C. (2022). Multimedia Design for Learning: An Overview of Reviews With Meta-Meta-Analysis. Review of Educational Research. https://doi.org/10.3102/00346543211052329
- Paivio, A. (1991). Dual coding theory: Retrospect and current status. Canadian Journal of Psychology. https://doi.org/10.1037/h0084295
- Roediger, H. L., III, & Karpicke, J. D. (2006). Test-Enhanced Learning: Taking Memory Tests Improves Long-Term Retention. Psychological Science. https://doi.org/10.1111/j.1467-9280.2006.01693.x
- Fiorella, L., & Zhang, Q. (2018). Drawing Boundary Conditions for Learning by Drawing. Educational Psychology Review. https://doi.org/10.1007/s10648-018-9444-8